’71年生・中部地方在住新米かあちゃんの“ケセラセラ”な日常


by ririshihaori
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カテゴリ:思い( 27 )

ジャワ島の少女

地震で家も学校もつぶれた少女のインタビューをニュースで見た。

「いま一番欲しいものは何ですか?」
「勉強道具と食器。あとは何もいらない」

「いま一番したいことは?」
「学校で友達と勉強したい」。

普段から無駄なモノにまみれていない子どもならではの冷静なこたえだ。モノにまみれた子どもほど(大人も)災害などでそれを失ったら、きっとイライラして、この子どものように落ち着いてはいられないだろう。人間の本質はピンチのときほどよくわかる。日本の子どもは世界的に見れば、きっとうんと幼稚な部類に入るのだろう。そして大人も。

人間的な豊かさは金や持ち物や学歴や地位など、表面的なものだけでは判断できない。
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by ririshihaori | 2006-06-07 09:56 | 思い

THANK YOU!→産休

今月の原稿も何とかすべて終わり。産休に入ります。

いまの仕事は嘱託なので、本来なら編集側はこれで私をスパッと切って、他のライターを補充すればいいのだが、私もこの仕事は楽しくやりがいを感じているので、ダメもとで年内いっぱいの産休を申し出てみたら、何とありがたいことにそれが了解されたのです。半ば覚悟していただけに涙、涙…。もう一人の記者さんからも「(私が産休する間)小生が1人で頑張るから、出産に専念してください」と、心強いメールをいただいた。

先々週、中国語関係の友達と1年半ぶりに食事会をしたときにも、その中の一人がひとり旅(哀愁旅行だったかな?)で伊勢に行ったからと、伊勢神宮で買ってきた安産守りをプレゼントしてくれて、感激したばかりだ。お守りをくれたことはもちろんだが、旅先で自分のことを思ってくれたことがうれしかった。私は岐阜にほとんど地縁がないので、中国語で知り合った友達の存在は本当に貴重だ。

人付き合いが得意ではない私だけれど、ハラコを授かったことで、改めていろいろな人に支えられて生きていることを実感しています。こういった周囲の人の助けや友達の思いに感謝しつつ、いまは母子ともに健康な出産を迎えることが、その気持ちに少しでも応えることになるのかなと思っています。明日からは万全な態勢で臨めるように、部屋の片付けや必要品の準備に専念できます。本当にありがとう。
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by ririshihaori | 2006-06-02 17:16 | 思い
最近の子どものおもちゃを見ていると、子どもがおもちゃで遊んでいる、というより、子どもが(大人も一緒に)おもちゃに“遊ばれている”ように見えて仕方ありません。メーカーから見たら、大人の思惑通りに遊んでくれて(本来、子どもは大人の思惑とは違った楽しみ方を見い出す能力を持っているのに…)、しかもお金を出してもらえるんだからシメシメ…といったところでしょうか。子どもはいま大人たちの“金づる”になっているように私には思えます。

同様に、私たち大人も、同じ人間が作った機械にすっかり振り回されています。モノを選ぶとき、ただ最新のものだからいい、と思って買うのではなくて、それが自分にとって本当に必要なもの(機能)なのか、自分にとって必要最低限のラインはどこなのか(例えば、自分にとってケイタイにテレビがついている必要があるのか?地図を見て目的地に行くことができるのにカーナビをつける必要があるのか?など)をよほど考えないと、自然の一部であり、人間のひとりである自分が本来持っている感性や能力をどんどん失って、ただ機械にあやつられている人間になりそうでコワいです。すでに人間の“機械化”を感じること、そういうシーンに遭遇することが多々あります。

さて、今日はこれから仕事がらみで、二胡&琴&ピアノのコンサート、そして世界最古の電子楽器「テルミン」のコンサートをハシゴします。数ヶ月前、ゴスペルのライブに行ったときは、ハラコが腹の中で暴れまくってスゴかったけれど、今日はどうなることやら。楽しみ♪
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by ririshihaori | 2006-05-26 14:31 | 思い

時間ドロボー

テレビとインターネットは、見始めるとアッという間に時間が過ぎてしまう。だから、必要なものだけ見て、サッサと切ることにしている。もっとも、最近は「見たい!」と思うような番組も少ない。お笑いも話術で楽しませてくれるものは少なくて、何でこの人たちこんなに出てるのか不思議って人も多い。わけのわからない言葉でゴーインに笑いを求めてるって感じがして見ていてツラい。「芸人」を名乗るなら、ちゃんと「芸」を見せてくれ。私たちはセンサーや刺激にワンパターンに反応するおもちゃじゃないんだから…。
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by ririshihaori | 2006-05-24 08:01 | 思い
相方が4月から働いている学校には、中国語の先生の息子さんが通っています。この前中国語に行ったとき、「ダンナさんは最近どう?」と聞かれたので、「毎晩11、12時頃に帰ってくるよ」と言ったら、「そんなのおかしいよ。これから赤ちゃんも生まれるんだから体壊されたら困るでしょ。(研究授業が終わったら)早く帰ってくるように言って」と言われました。先生のダンナさまは公務員で、教育関係の部署にお勤めなので、先生たちの勤務状況やおかれている環境をよくご存知です。当然、先生もダンナさまからいろいろと話を聞いています。体を壊して入院したり、精神的に病んでしまい、休職する先生が増えていることも。

「頑張って働いてお金かせいで退職しても、体壊したら意味がない」
私も本当にその通りだと思います。忙しい(ということばは私は好きではないが…)人ほど、食事や健康管理もおろそかになりがちです。私も会社勤めをしていたときは、締め切り前など夜中まで会社にいるようなときに限って、夕食にコンビニ食やインスタントものをよく食べていました。本当は仕事に励んでいる人ほど、食事や健康管理に気をつけなければならないはずなのに…。しかも、うちの相方が退職する頃には、一生懸命仕事しても退職金はゼロでしょう。

先生に言われたことばで最も印象に残ったのは、
「中国人は生活のために仕事をするけど、日本人は仕事のために生活しているような感じがする」。なかなか深いことばです。
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by ririshihaori | 2006-05-13 11:29 | 思い

仲良くケンカしな♪

先日、あるテレビ番組で田嶋陽子さん(元議員)が、「私と三宅さん(政治評論家の三宅久之さん)は、思想は違ってケンカもするけど、本当は仲がいいのよ」というようなことを言っていて、いい関係だなと思った。

お互いに言いたいことは言い合ったうえで、仲良くできる関係って、自分の周囲を見渡してみてもそれほど多くはない。とくに私は本来、結構ストレートに言ってしまう(家族には「姉ちゃんはキツい」と昔からよく言われてきた…)性質なので、相手を見て加減してしまう面がある。

自分とは違う意見(立場、文化、習慣)も尊重する懐がないと、似たような人としか付き合えなくなるし、自分のキャパも狭くなる。それは楽で心地いいかもしれないけど、刺激やおもしろみもそれなりでしかない。

自分の意見をハッキリ言えて、相手の意見も尊重できる。
そんなひとに、少しでも近づきたい。
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by ririshihaori | 2006-04-14 14:35 | 思い

世の中

自分の思い通りにならないことがいっぱいあります。
自分の思い(理想)通りにしたかったら、自ら相手を納得させて既存の組織や制度を壊す(変える)か、自ら新しい組織や制度を作るしかありません。

どちらにしても、自分が動かなければ何も変わらない。

先日取材でお会いしたある60過ぎのご夫婦は、ダンナさんが某電力会社を定年後、退職金をはたいて喫茶&ギャラリーを開きました。彼らにはダウン症の孫がいます。その子の父親(=夫婦の息子)と同じ小学校(=地元の小学校)に通わせたいと思いましたが、その学校には特別支援学級(特殊学級、障害児学級)がないことを知りました。学校(校長)は「(規定により)4人以上いないと無理」「養護学校へ通わせたらいかがですか」の一点張りです。夫婦は協力してくれる人を探し出し、役所に陳情にも行き、その結果、この春からその学校に生徒2人の特別支援学級ができることになりました。昨日、そのお孫さんも新しいランドセルをしょって、小学校の門をくぐったことでしょう。

ご夫婦の「熱意」が周囲を動かしたんだな、と思います。入学おめでとう!
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by ririshihaori | 2006-04-07 17:05 | 思い

夫婦って

ある意味、仕事関係の人や友達以上に、一番シビアな他人同士。互いに「自立」と「思いやり」を求められる関係です。でも、最もシビアな関係でハードなことを一緒に乗り越えるからこそ、それと同じだけ楽しみや喜びも一緒に得られるんじゃないかな、と思っています。
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by ririshihaori | 2006-04-07 09:26 | 思い

自分さがし

昨日、名大の入学式の模様をニュースで見た。そこで学長が次のようなことを話された。

―最近は「自分さがし」と称して現実逃避をする人が増えているが、いま置かれている場所で最大限の努力をしてほしい。

名大の入学式でさえ、このような話をしなければならなくなっているのか…。自分が大学を出た頃とは、学生さんの質が随分変わってきているのかなと感じた。

私も一時期「自分さがし」を考えたことがあるが、自分が何者であるかは、おそらくいつになってもわからない、という結論に達した。結局、目の前にやってくること、自分がやりたいことに一つひとつトライしていくしかないのだ。
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by ririshihaori | 2006-04-06 11:55 | 思い

自分をイヤになるとき

例えば、

「自分は口から生まれてきた」と言わんばかりに、言いたいことを言いたいだけしゃべっている人を見たとき。
要領よくテキトーに物事を進めている人を見たとき。
ハタから見て、自分のやりたいように生きてきたように見える人に会ったとき。
お互いにやたらとホメあっている人を見たとき。

そういう人に会って、相手を素直に認めることができず、
「アナタがそれだけしゃべっていられるのは、だまって聞いてくれている人がいるからだ」
「テキトーにやるくらいならやめたら?」
「やりたいようにやってこれた裏には、やりたいことをガマンして協力してくれた人がいるんだ」「ふたりとも本当に本心からそう思ってるの?」

と思ってしまって、ふとそんな自分をものすごくイヤになることがあります。

きっと、自分の中にそんなふうに生きていける人をうらやんで、ひがんでいる自分がいるのだと思います。「私は本当にこんなふうに生きていきたかったのか?」「本当はどういうふうに生きていきたいんだろう?」と、どこかで思っている自分もいるのだと思います。

そんなことを考えていられるのは、ヒマな証拠なんでしょうね…。平和ボケなのかも。
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by ririshihaori | 2006-04-03 00:10 | 思い