’71年生・中部地方在住新米かあちゃんの“ケセラセラ”な日常


by ririshihaori
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2006年 01月 ( 13 )   > この月の画像一覧

問題が身近になるとき

前に年賀状についての考えを書いた。そのときには書かなかったのだが、他にも思っていたことが、自分の身近で起こっていることをつい最近知った。ある知り合いのお嫁さんが、子どもの写真付きの年賀状を見ては泣いているという話。子どもが欲しくて、夫婦で病院通いをするなど努力しているにもかかわらず、子どもを授からないのだという。そういう人は少なからずいるだろう、と思っていた。だから子どもだけをアップで使うような年賀状は出さないと前から心には決めている。それが身近で起こっていることを知って、改めて深く考えてしまった。

普段は明るくしていても、人知れず悩んでいる人はたくさんいる。どんなに努力しても手に入らないものがある。そのすべてに思いを馳せることは正直難しい。ところが、周囲にそういう人が現れると、昨日まで「他人事」だったことも、グッと身近なことになる。「うつ」も「車椅子」も「自閉症」も「がん」も、身近にそういう人が現れて初めて知った事実、考えたことがたくさんある。それまではただの「知ったかぶり」でしかない。これだけ情報がたくさん巡る世の中でも、悲しいかな、情報とは自分から意識して拾おうとしない限り、所詮その程度のものなのだ。「情報」と「事実」は別物だから。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-31 11:40 | 暮らし

2度目のお正月

1月29日(日)は中国でいう「春節」(旧正月)だった。大晦日の28日(土)に、地元の大学の留学生が主催する「春節晩会」に少しだけ顔を出した。卒業した中国人の知り合いや、中国語を学ぶ友達など、なじみの顔に久しぶりに会えたのはうれしかった。終わりがけに行ったので料理はほとんど残っていなかったけれど、水餃子はしっかりといただいた。生のものを土産にもいただいて、家に帰ってからもありついた。やっぱり皮から手作りの餃子はうまい!我が家では寒くなると相方が水餃子や包子(肉まん)を本片手に突然作り出す。私も包んだり、ときには「あんまんも作ろう」とあんこを炊くなどして一応手伝う。決して形がととのっているとは言えないが、これを食べると、市販の水餃子や中華まんは食べられなくなる。なんせ皮のおいしさが違うのだ!食欲も少しずつ復活してきたので、そろそろ作ってもらえないかな、と密かに期待している今日この頃。

話は戻って、今年の会は例年とは雰囲気が違っていた。留学生が突如、自分の思いのたけを話し始めた(ちょっとひとりよがりな感じ)のには驚いた。また、会場の外では、水餃子をゆでたり、土産用にまとめたりしている年配の日本人の横で、突っ立っておしゃべりに興じる留学生の姿があった。一人の男性がボソッと「誰も手伝わん」と言ったのが印象的だった。去年まではそんなことは見受けられなかったのだが…。留学生も一人っ子が増えてきたためなのか、はたまた世代が変わってきたのだろうか。

ちなみに、「福」をさかさに飾るのは、まだここ5年ぐらいのことなのだと知った。香港から大陸に伝わった新しい習慣とか。改めて、今年もいい年でありますように。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-31 11:04 | 中国・中国語

服がない!

毎朝の足湯と整体通いのおかげか、腰の具合が少しずつよくなってきているみたい。初めて整体院に行ったときにはあまりの痛さにびっこを引いて歩いていたが、それもほとんどなくなってきた。昨日はどこかの助産師さんが来ていて、妊婦用の「トコちゃんベルト」という骨盤を固定して痛みを和らげるベルトの試着をさせてもらった。整体師の先生に「最初はベルトが必要かと思っていたけど(思っていたより状態がよくなってきているので)、体のゆがみがきちんとなくなった時点で決めればいいと思う」と言ってもらったので、その場で買うのはやめにした。助産師さんからも「お腹が大きくなって支えるのがつらくなったら考えればいいし、もし使うにしても出産後のケア(に適したタイプのベルト)のほうが大切」と言ってもらった。これから何かと出費がかさむ身としては無駄にあれこれ買わされないのはうれしい。

まだ4ヵ月に入ったばかりなのに、困ったことが起きてきた。早くもお腹が出てきて、普段のジーンズがきつくなってきたのだ。履くときについ「ウッ」と声を出してしまうほど。あわわ。こりゃ他の服も絶対キツいわ…。パンツスタイルばかりの私にとって、これは大問題だ。仕事に復帰しようにも、着ていく服がない! 体重は4kgも落ちたのに、一体どこの肉が落ちたというのか。お腹の肉は落ちにくいと言うし、落ちそびれた肉を子どもが内側から押し上げてるにちがいない。きっとそう。いかにもマタニティって格好はまだしたくないし、さーて、どうやって服を調達したらいいのかしらん。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-27 08:33 | 暮らし

新しい一歩

今年は、私にとっても大きな転機の年になりつつありますが、周りの人にとっても転機の年になりつつあります。私の妊娠がわかった頃、体の不調が発覚した義父は、ノーアルコール、低カロリーの食生活に変わりました。定年後に引き受けた仕事も3月で任期満了です。そして、軽いうつで仕事をやめていた妹は、年明けから、少しずつですが新しい仕事を始めた様子。義父にも、妹にも、無理をせず、1日1日を楽しく過ごしてくれるといいなと願っています。

妹のうつは「軽い」と言われつつも、ハタから見ていて想像以上に深刻でした。それは顔の表情(とくに目つき)に表れていました。ひどいときには、週に何度も心療内科へ行き(行くことで安心するらしい)、何種類もの薬に加え、点滴(私は「ビタミンカクテル」と呼んでいた)も受けていたようです。

でも、妹の調子がよくなるきっかけは、薬以上に、人との出会いにありました。どうやって出会ったのかは知りませんが、オーストラリア人のお医者さんと友達になってから、妹の表情は少しずつ変わってきました。元々語学が好きなこともあって英語を教えてもらったり、医療事務をしていたので医療に関する共通の話題があること、何よりも、自分をありのまま受け入れてくれたこと、自分にもいいところがあるということを改めて気づかせてくれたことが大きかったみたい。家族の支え、見守りも大切だけど、ときには家族だからこそ言えないこと、家族のことばだからこそ素直に聞けないこともあるでしょう。そういうとき、友達の存在って大きいし、ありがたいと思います。

妹はその友達に「僕ならそんなに薬を処方しない」と言われたそうです。おそらく、妹の状態と薬の効果、副作用を照らし合わせての意見だったのだろうと思います。医療に対する考え方は人によっても、国によってもさまざま。妹にとっては彼がいいセカンドオピニオンになったのかもしれません。彼はいま香港に住んでいますが、日本の大学に入り、日本で医師の資格を取るために頑張っているそうです。そういう前向きな部分に刺激を受けたのか、妹は通信講座でヘルパーの資格を取り、今月から老人ホームで働いています。経験を積んだ後には、福祉士の資格を取るつもりのようです。偶然、昨秋結婚した弟のお嫁さんも福祉士で、高齢者施設で働いているので、いろいろ話ができるよう。

出会いって偶然じゃなくて、やっぱり必然なんでしょうね。妹がそのお医者さんと出会ったことも、弟のお嫁さんが福祉士だったことも。前向きでパワーのある“気”のようなものを放っている人との出会いは、自分にも一歩を踏み出すパワーを与えてくれる。自分が自分をあきらめさえしなければ、いつかはいい“気”を持った人との出会いがあり、あきらめてしまったら、出会いも遠ざかる。何となくそんな気がしています。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-26 10:14

一難去ってまた…

正月前からゴホゴホしていた風邪はようやく治まってきました。新年最初の診察のときに、母体への影響が少ない漢方薬をもらったものの、3回飲んだところで気持ち悪くなってしまって、結局、一日に何度も手洗いとうがいをするという、最も基本的な方法でほぼクリア。ただ、インフルエンザのピークは今週らしいので、予防のために家でも外でもマスクをしています。相方も仕事柄、流行りものを拾ってくる可能性が高いので。

つわりもピークは越えた感じです。匂いの強いものや添加物の後味がするものなど、まだ食べられないものは多いけれど、朝起きたときなど、空腹時の極度の気持ち悪さが少しおさまってきました。まだ胃のむかつきは続いています。

ところが、やれやれ…と思っていたところに、今度は激しい腰痛が。元旦に突然起き上がれなくなるということがあったものの、それ以降は少し気になる程度でした。が、先週の金曜に再び(泣)。1回1回動くことが恐ろしい。筋肉痛のレベルではなく、ズキッ、ズキッという神経痛的な痛みが走るのです。産婦人科で聞いたときには、妊娠とは関係ないと思うとあっさり言われたものの、今までこんなことなかったし。初期でこんな状態じゃ、お腹が大きくなったらどうなっちゃうの!?という思いで、前から気になっていた近くの(骨盤ケアをやっている)助産院に電話。テキパキとした対応で、月曜日ならと言ってもらったが、身動きが取れない状態なのでなるべく早く見てもらいたいとすがる私。すると、少し遠いけれど、妊婦さんも大丈夫で、その助産院にも毎月来てもらっているという整体院を紹介してくれた。ウチから車で30~40分かかるけれど、そんなこと言っている場合じゃない。予約が詰まっていたにもかかわらず、無理して入れてくれたので、さっそくGO。

行ってみると、看板もなく、一見個人の家のよう。整体自体初めてだし、おそるおそる入ってみた。そこにいたのは、頭にタオルを巻き、ピアスをした若い男の整体師さん。第一印象は「大丈夫?」だったが、対応もよく、ボキボキッと痛いこともしない。1時間半みっちり施術してもらって4000円。それも、部屋の中にある箱に自分でお金を入れて、お釣りが必要であれば持っていって、というシステム。お兄さんがひとりでやっているにもかかわらず、私がいる間に、常連らしきお客さんが3人やってきた。後で、そこは紹介制+HPを見て知ったお客さんだけが来ている整体院だと知った。

そこでわかったことは、元々体にゆがみがあり(右脚は左脚より2cmも短かった)、さらに妊娠で骨盤が広がったことで、神経や筋肉に刺激が伝わっていること。骨盤がかなりゆるいので、施術しても痛みがひかなければ、骨盤矯正ベルトをしたほうがいいかもしれない、ということ。じっとしているより、歩いて骨盤を支える筋肉を鍛えたほうがいいこと。確かに、ソファなどに1時間も座っていると、その後起き上がるときが痛い。腰が固まったような感覚。最初のうちはどうしても腰をかがめてびっこを引いて歩いてしまう。が、しばらく歩いていると痛みは和らいでくる。かといって、朝起きてから寝るまでノンストップで歩き回っているわけにもいかないしねぇ。

出産時や産後のためにも、きちんと矯正しておいたほうがいいみたいだし、「今のうちにきちんとしておきなさい」ということだと思って、しばらく整体通いを続けます。体のバランスって大切だと思うし。今回のことで、妹の友達でオーストラリア人のお医者さんが言っていたという「日本の産婦人科は(世界的に見て)かなり遅れている」ということの一つは、こういうことなのかしらと。ちなみに、世界に1万5000あるという「赤ちゃんにやさしい病院」(WHO、ユニセフ認定)も、日本にはわずか25しかないそうだ。

長くなりました。この後、イスから立ち上がるのがコワい…。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-23 10:57 | 暮らし

あれから11年

阪神淡路大震災のニュースが流れるたびに、大学出てもうそんなにも月日が流れたのね、と思います。あの日は、卒論締め切りの3日前でした。何かとギリギリ嬢な私は、ワンルームの下宿のこたつの中で、早朝からワープロに向かっていました。その時、あの地震が起きたのです。私の住んでいたまちでは震度3だったかな。ひとりでいたこともあって、それでも結構コワい思いをしたことだけは覚えています。

最初のニュースは、倒れてきたタンスで頭をぶってケガ人が出た…のような内容だったのに、それはだんだん加速度的におそろしいものになっていき…あとは、皆さんご存知の通り。

我が家では、寝室からチェストとクローゼットを移動させることを計画中。地震が来たらと思うと、とんでもなく危険な場所で寝ているのです。それと、相方をリーダーに(?)子どもが生まれる前に「家の中から余分なものをなくそう運動」を予定しています。2LDKの小さな住まいなので、工夫して広くするしかありませんが、だからこそいいと思っています。スペースがあればあるほど、余計なものをいつまでも置いておきたくなるから。

どうせ死ぬときは手ぶらなんだしね(笑)。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-17 09:42
昨日から、再びつわりの気持ち悪さが強くなってきた。お腹の中の生き物がまた新しく何かを作り始めたのだろうか。そして、相変わらず甘いものが食べられない。私のつわりは妙に根源的で、水分と塩分は無性に欲しくなる。水と塩は、人間にとってやっぱり最低限必要なものなのねと、変に納得している。

ところで、私には、子どもができても絶対にこれだけはしない、と決めていることがある。それは「子どもにもたれかかって生きる親にはならない」こと。よくありがちなのは、自分ができなかったことを子どもに託す親。「子どものため」と言いながら、子どものふんどしで相撲を取ろうとする親だ。少子化の影響もあるだろうが、最近の子どものおけいこブーム、低年齢化には、親のそんな気持ちが強く働いている気がする。

もちろん、きっかけを与えることは悪くないし、子どもが楽しんでやっていればそれでいいと思う。ただ、それが続かなかったとき、結果的に身につかなかったときに、子どもに無理強いしたり、子どもの努力不足ととらえるのは問題だ。元々、自分でやると決めたわけではないのだから。

それでなくとも、子どもには元々、親を喜ばせようとする「サービス精神」が豊富に備わっている。正月に、もうすぐ2歳になる姪が何度も何度も「カンパーイ」をしたり、ペットボトルの水を何度も飲んでは「プハーッ」と言っていた。「小さなお腹がタプンタプンにならない?」とこちらが心配するほどだ。それを覚えたことがいいかどうかは別として、自分がそれをすると、周りの大人たちが喜んでくれたり笑顔になることがわかったから、何度も何度も繰り返すのだと思う。

子どもに必要以上のサービスを求めると、子どもが疲れてしまうだけだ。最近の子どもが疲れているのは、親が子どもにあれこれ求めすぎるからではないだろうか。私にはいまの子どもが不憫に見えてならない。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-11 09:11

葉月のころ

新しい命がこの世に生まれ出る予定。今日の診察で、やっと予定日なるものを教えてもらった。驚いたことに、大学時代の別の親友も子どもを授かって、予定日が4日しか違わない。先日書いた友達とも1ヵ月違い。あらまぁ、みんなして…。ともかく、友達の子どもと同級生になることはとてもうれしい。他にも、同級生を狙っている友達もいるし。年齢的にもそろそろ2人目を産んでおきたい、と思うお年頃なのかな。

初めての「母子手帳」をもらう。ざっぱーな性格の私は、これにきちんとメモをすることさえ続けられるのか疑問なのに、それと一緒に渡された資料の数、10冊をラクラク越える。これ、全部きちんと目を通したら、気が狂いそう。情報も詰め込みすぎると、後でヘンな悩みのタネになるだけだ。マタニティブルーにならないように、適当にめくっておくことにしよう。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-10 22:37 | 暮らし
人間のそのときどきの心のあり様は、素直に「顔」に表れると思う。

昨年の夏、ベトナム・ホーチミンでメコン川クルーズを体験したとき、桟橋の先で、川に立ててある丸太(川面から2~3mの高さがある)のてっぺんに登っては、茶色く濁った川に飛び込んで楽しんでいる子どもたちがいた。見た目、小学校低学年くらいだろうか。周りに大人の姿はない。なにせ濁っているので深さはわからないが、飛び込んだ後の子どもたちはどうみても川に浮いていて、川底に足がついている感じではない。日本人である私から見れば、うらやましいような、ちょっとドキドキするような光景だ。私が船の上からカメラを向けているのを知ると、避けるどころか手を振ってきたので、船から下りた後、彼らのところへ寄っていったら、皆我先にと写りにやってきた。デジカメではなく普通の一眼レフなので、自分たちがどう写るかわからないのにだ。

そのときの自然な笑顔がたまらなく心に残って、いまでも忘れられない。それは写真を撮るためだけの「ポーズとしての」笑顔ではない。物的に恵まれた日本人は、私を含めて、写真やビデオを撮ることが好きだが、その中に「心からの笑顔」はどれくらいあるだろうか。そして、何かと行事があるたびに自分の子どもをフィルター越しに追っかけている親たちは、フィルターからは見えない“大切なこと”を忘れてはいないだろうか。年賀状の子どもの写真を見ているうちに、ふとそんなことを思ったのでした。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-08 18:41

年賀状

今年も、さまざまな年賀状が届きました。年賀状って、その人の人となりや近況が伝わってきて好きです。遠くに住んでいる友達からも近況が寄せられるし、こちらも伝えられる。普段は会えない友達や最近ごぶさたな仕事仲間から届くと、本当にありがたいし、また会いたい、また一緒に仕事したいな、って思えてきます。

友達はイラスト入りや家族の写真入り、デザイナーさんはおもしろく凝ったデザイン、カメラマンは自作の写真を全面に入れて、記者さんは自分の主張を盛り込んで…etc.それぞれに職業や人となり、センスが伝わってきます。そうそう、今年は干支が犬ということで、自分の家の犬の写真も多かったなぁ。

そのなかで、どうしても理解できない年賀状は、去年も書いたかもしれませんが、子どもだけの写真を添付した年賀状。自分の子どもがかわいいのはわかるけど、どことなく失礼に思えるのは私だけでしょうか(私は家族ぐるみのつきあいでもない人に、家族の連名で送ることさえ失礼かな、と思っているくらいです。だから、仕事関係の人には別に作ったものを仕事上の名前で送っています)。それに、もらう側からすると、年々そういう年賀状が増えていることもあって、子どもだけの写真って正直サラッと見て終わっちゃうもの。それに比べて、年賀状を出してくれた本人が家族と一緒に写っているような写真は結構じっくり見ちゃうんですよね。楽しそうにやってるなー、なんて思いながら。やっぱ、まず何よりも本人の近況が知りたいからね。家族写真のほうが「家族みんなで楽しく暮らしている」感が伝わってきます。

こう思うのは「職業病」かもしれません。「内容」と「写真」がマッチしないと、どうしても気になってしまうんです。個人的には、年賀状でわかるように、多くの人がこれだけ「子ども、子ども」となっているのにもかかわらず、子どもがどんどんおかしくなっているのはなぜなんだろう、という思いもあります。これから親になる私にとっても大きな課題です。
[PR]
by ririshihaori | 2006-01-06 12:19 | 暮らし